月夜見

   “春月夜にて”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 

もやんとした霞のかかった夜空に、
煮凝りみたいな月が浮かんだ春先の更夜歩きは、
心持ちが何とはなく浮かれてしまうから困りもの。
これまでにも何度かご紹介してきたが、
江戸の昔は、治安維持のため、
夜更けになるとご町内毎に“木戸”を閉じ、
それ以降に出掛けるには、
当番の家の人に開けたてを頼まにゃならなんだ。
勿論、用もないのにぶらついておれば、
見回りの岡っ引きの旦那に呼び止められるのは必至。
要は出歩くことに制限があったので、
夜桜見物と言ったら
郊外に 名代の一本桜つきの
“寮”(と呼ばれる別邸)でもあるよな御大尽でもない限り、
それが向島でも上野でも、
昼間の花見のあとは
宵の口の内にとっとと帰るしかなかったのであり。

 “……へえ?”

まったりとした夜陰の陣幕の前、
自分でも仄かに光を宿しているかのような、
不思議な緋白の花たちをみっちりと、
まるで大奥の上臈の打ち掛けもかくやと
風格添わせて艶やかにまとった枝垂れ桜は。
観る者もない寂寥を、だが、物ともせぬ気高さもて、
人の気配のない丘の上、頭上の月とだけ対話しているかのようで。
わざわざこれを目指して来た訳じゃあない身には思わぬ僥倖、
想いも拠らないご褒美のような出会いとなったものだから。
おやまあと一瞬ほど気を逸らされたものの、

 「…っ。」

ひゅっ、と。
風籟さえ追い抜く素早さで、漆黒の空を飛んで来た小柄
(こづか)を、
僅かほど身を逸らして避けると、
そこも算段に入っていたか、
避けた先の頭を目がけて飛んで来た第二陣は錫杖で弾き飛ばして、

 「たかが ぼろんじ相手に、物騒なことをなさるねぇ。」

いちおうは墨染めらしき雲水の衣紋をまとっちゃいるが、
あちこち擦り切れた、随分とみすぼらしい身なりの
僧籍を持つのかさえ怪しい流れ者の僧侶。
この時代は神職や僧侶は、
例えばお裁きも管轄が寺社奉行扱いになったよに、
関所の通過もお構いなしとされたほど、色々と侭が利いたため、
流れ者はこぞって
怪しい巫女や虚無僧もどきに成り済ましもしたそうで。
自分もせいぜいそんな類いと、自分から嘯いた彼だったが、
見通しのいい、しかも無人だろう丘を目指して上がって来たのも、
実をいや“彼ら”の気配を 何とはなく感じ取っていたに他ならず。
ほとんど裸足と変わらない、ちびた下駄で砂利交じりの土を踏み締め、
さりげなく腰を落とした構えは、
軽口を叩いた飄々とした様子を裏切って
なかなかの心得と肝の座りようを感じさせるそれであり。

 「……。」

桜が立つ広場を取り巻く斜面
(なぞえ)の際、
ぎりぎりで夜陰の中に没している何物か。
一人二人では無さそうと踏んだその微かな気配が、
だが ぎゅうと一瞬で凝縮するのを、

 「…。」

深々と吸い込んだ呼吸と共に把握したその上、
しかもニヤリと笑うところが只者ではない坊様でもあって。
そんな笑みを挑発と取ったかどうかも判らぬほどの俊敏に、

 ざしゅっ、がりりっ、と

様々な方向から一斉に、
ぼんやりした夜陰の垂れる幕を引き裂くようにして、
何人かの疾風のような殺気が錯綜して翔った。
ある刃はぶつかるかのような勢いのいい直進で真っ直ぐに、
また ある太刀は
手前で跳ねて頭上から渾身の力を乗せて落とし込むように。
数本の小柄を投げ打った者もあれば、
周囲を旋回して脇手から横薙ぎに振り払われた、
小ぶりな重しのような得物もあったようだが、

 それらを一つも余さず
 完全に拾い上げた切っ先もまた凄まじい。

目潰しにか飛んで来た礫(つぶて)と何本もの小柄は
抜いたそのままの太刀筋で難無く弾き飛ばし、
一直線に突っ込んで来た手合いは
切っ先をはたくことでそのまま後方へ受け流しの、
返す刃で脇から来た刀を上へ吊り上げ、
上から降って来かけていた手合いと鉢合わさせると
そのまま大雑把に横へ振り投げて叩き伏せのと。
向こうが一瞬という狭間へ大勢で畳み掛けて来たのへ、
こちらはたった一人にて、
太刀とその身を撓やかに操り、
右へ左へ上へ後ろへと、全てを捌いてしまった鮮やかさよ。

 「まるで、前以て打ち合わせでもしていたかのようね。」

どこへ打ち込むか、どの順で駆け寄ってくるのか、
判っていたかのように無駄のない太刀捌きで、
全員をいなし、捌いてしまった腕の凄さは半端ではなくて。
拍手こそなかったものの、
素晴らしいわという称賛を込めたのだろう、
そんな一言を放って来たのは、
つややかな黒髪を背中まで流した小粋な長衣の美人さん。
こんな夜更けに…というのはお互い様なので、
僧侶殿も特には突っ込まなかったものの、

 「お前さんトコの手配者だったのかい?」

賞金が掛かってた輩だったなら、
手続きが面倒だからあんたが捕まえたことにして連れてきなよと。
憮然とした顔付きがそこまでを語っていたものの、

 「さあ?」

そういうの私の管轄じゃあないしと、
どこまで本当だか、涼しげに微笑って肩をすくめたのが、
ロビンといって、此処グランドジパングの藩主お抱えの女隠密なら、

 「じゃあ、俺に何か恨みでもあった連中ってところかね。」

何て肩書もないぼろんじ相手に
この頭数でかかるってのは酔狂にも程があると、
実は仕込みだった錫杖の刃を鞘へ収めつつ、
こちらも肩をすくめたのが、
ゾロという公儀の御庭番、幕府から放たれた系の隠密だったりし。
だとしたらば、
このまま放っておいて、
またぞろ同じような襲撃をかけられるのも面倒だなと思ったか、
辺りを見回すと、敵が振り回していたらしい鎖分銅を拾い上げ、
両手を左右に張ることでその長さと強度を確かめると、
夜陰の中へと姿を馴染ませてゆき……






もやんと霞む春の月が見下ろすご城下の町並みを、
小さめの提灯を揺らしつつ、ほてほてと歩いていた人影が、
ふと立ち止まり、暗がりをおややぁと見透かしていたものの、

 「…あっ、ゾロだ。何だどした、夜回りか?」
 「いや それは親分さんでしょうが。」

火の手が上がればあっと言う間に広がるための用心と、
夜更けに出歩いちゃダメよという見張りとの、
双方を兼ねての見回りを、
今宵はこの幼い親分が担当していたようであり。
これが昼間の遭遇なら、
仲良くなりつつある間柄だからか、
向こうからも嬉しそうな顔になってくれるものが、

 「今夜は何か妙な騒ぎがあったらしいから、
  ゾロも早くどっかにねぐらを見つけにゃ危ねぇぞ?」

大きなどんぐり眸を眇めると、微妙に案じるような顔をして。
人目を伺ってか左右を見回すと
ちょこちょこっと歩み寄って来て、
そうやってわざわざ間合いを詰めて言うことにゃ。

 「寄せ場破りをしたらしい物騒な連中が、
  なのに揃って誰かに叩き伏せられたらしくてよ。」

寄せ場というのは正確には“人足寄せ場”といい、
島流しほどじゃない罪を犯した者や、
生国から手形もなしに離れた無宿者などを集め、
土木系や細工物製作の労働に従事させた労役の場のことで。
さぞかし気の荒い連中ばかりの集まりだろうし、
しかもそこから脱走したような顔触れが、
揃いも揃って叩き伏せられていたとは大事。

 「何でも、鎖で手元だけ一緒くたに縛られてたってんで、
  全員を打ちすえてからそこまでやるよなご丁寧さは、
  もしかして
  見せしめという意味もあるやもしれぬとかどうとか、
  今晩の当番だった与力の旦那が
  妙な演説ぶっこいてくれたもんだから。」

ホントは俺、今夜の当番じゃなかったのによと、
こちらは叩き伏せられたのではなく“叩き起こされた”らしく、
いい迷惑だと頬を膨らませるのが何とも無邪気で。

 「そっか、そりゃあ難儀だな。」

でもまあ、辻斬りだか通り魔だか知りやせんが、
もう出ないんじゃないですかねぇと。
何せその張本人だけに、太鼓判も押せるお坊様。
だがだが、そこまでの詳細は言える訳もなくて、

 「春と言っても明け方は冷えるでしょうから、ほらこれを。」
 「わvv」

こんな夜更けにどこで補充したものか、
蒸かしたてらしい そぼろまんじゅうを五つほど、
瓦版紙に包んでほいよと取り出した坊様で。
うあ、ちょうど腹減ってたんだと、
そりゃあ嬉しそうにかぶりついた親分さんの屈託のなさへにこにこしつつ、

 “くっそ、あのおんな隠密め。/////////”

物騒な連中を叩き伏せてくれたのはありがたいからと、
人事不省となった連中を縛り終えたゾロに、
いいものを上げるとまんじゅうを手渡し、
そういや親分を見かけたわよと、呼び子の笛が鳴り響く中、
此処を真っ直ぐ行って…と
なかなかややこしい道を途中まで案内してくれた…ということは。

 彼への一番の褒美は、金子でも酒でもなく、
 この親分との逢瀬だと
 あっさり見透かされちゃあいませんか、と

今頃、薄々気がつき始めてるようではねぇ。(苦笑)
本当に幕府の隠密が
ちゃんと勤まってるんでしょうか、このお人。
ご城下を見下ろす丘の上では、
そりゃあ見事な枝垂れ桜が、
そんなこと知りゃせんわいなぁと つんとお澄まししてござる。





     〜Fine〜  14.04.09.


  *久し振りの捕物帳噺ですが、
   こちらのお二人もなかなかくっつきませんよねぇ。
   ゾロが大怪我したのを案じたあのときに、
   何か持ちあげときゃよかったのかなぁ。(持ちあげときゃって…)


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